コンドームの歴史
コンドームの起源は、紀元前3000年頃の初期エジプト王朝にあると言われており、ブタやヤギの盲腸や膀胱を利用して作られていた。
ただし当時は男性生殖器を虫刺され等から守るための下着の一種として日常的に装着したものであるため、今日のコンドームのような避妊を目的とした物ではないとされる。
しかし、その一方で、性行為時に男性側の刺激を減らし、性交持続時間を延長させるためにも用いたとされており、今日でも男性が女性へのサービス的な意味合いから厚手のコンドームを装着した時と同じ効果があったと思われる。
同種の動物内臓を用いた男性生殖器に装着する物品は、世界各地で利用され、魚の浮き袋を利用した物も伝えられている。
イタリアの解剖学者ファロピウスが1564年、性病予防の観点からリネン鞘と呼ばれる陰茎サックを開発したが、実用性は疑問視されていた。
なお、今日のコンドームの原型となったのはチャールズ二世殿医のドクター・コンドーム(人名)が1671年に牛の腸膜を利用して作った物であるとされている。
尚、読みについては"コンドン"と発音する場合もあるのを付記しておく。
これはチャールズ二世が無類の好色で、非嫡出子だけでも14名の子をもうけ、王位継承の混乱を避けるための措置だったといわれている。
ゴム製のものは1844年にゴム精製技術が改良されてから後の事だと言われているが、この辺りの事情ははっきりしていない。
日本では江戸時代に導入されており、その後明治42年(1909年)にゴム製の第1号が誕生した。
ただし、当時はまだ正しい使用法が知られておらず、使用後裏返して再使用したというような珍談も多く伝わっている。
当時の有名な国産コンドームとしては「ハート美人」「敷島サック」、そして軍用の「突撃一番」「鉄兜」などがある。
今日では性病予防の観点から、世界的にも使用が推奨されているが、2005年現在、日本の物が最も製造技術と薄さと並んで安全性にも優れているとされ、世界各国にも輸出されている。
1989年12月に革命によって旧政権が崩壊したルーマニアでは、国民の避妊は旧政権下において禁止されていたため国内におけるコンドームを含む避妊具の製造・販売がされていなかったが、旧政権崩壊時に、首相官邸に立ち入った軍部に依れば、首相や高官用に大量の日本製コンドームがストックされていたという逸話もある。
コンドームの語源は、前述の医師コンドームの名から来ているとする説と、フランスの地名コンドームにあるとする説があり、ウィキペディアの英語版とフランス語版の双方においても意見が食い違っている。
なお、ドイツ語版では、英語版と同じく医師の名前からとする説を挙げているが、異説として、イタリア語のcon doma、すなわち「家つきの」という意味の言葉から来ているという説も併記している。